AV女優「渡辺まお」の身バレが起きたとき、私が思った本当のこと【神野藍】連載「私をほどく」第3回
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第3回
■AV女優「渡辺まお」が誕生した瞬間
「緊張しなくて大丈夫だよ、何も考えずに男優さんに身を任せれば大丈夫」
部屋の中心にぽつんと置かれたソファに座った私に、監督は気を遣って話しかけていた。もっと技術的な話をされるのだと身構えていたから、少し驚いてしまった。スタジオには沢山スタッフがいるはずなのに、その部屋には私と、監督と、男優と、照明のスタッフの4人。人が多いと私が集中できないだろうと思って、人数を調整してくれたのだろう。
時計の針は10時半を指していた。ほぼ香盤表通りの時刻に初めての撮影がスタートした。カメラの前や大勢の前でセックスするのは初めてだったが、不思議と緊張はしなかった。綿密に組まれたスケジュールを淡々と、ミスなくこなしていく。そこにはずば抜けた感動も衝撃もなかった。
というのも正直な話、この撮影の記憶がぽっかりと抜け落ちているのだ。記憶力には自信がある方なのだが、この日だけは靄がかかっているみたいにはっきりとしていないのだ。普段であれば、共演した男優の名前をちゃんと記憶しているのだが、それすら覚えていない。今はっきりと思い出せることは、昼食にオーベルジーヌのカレーを食べたことと、予定通りに全てのコーナーの撮影が二十三時頃に終わり、スタジオが入ったマンションを出た時に「あれ、帰りってどっち向かえばいいんだろう」と悩んだことぐらいだ。これに関しては嫌すぎて記憶を封印したというよりも、必死に期待に応えようとした結果、記憶するという行為に脳みそのリソースがさけなかっただけだろうと考えている。
こんな風に割とあっけなく、「渡辺まお」という女優は誕生した。事務所の面接を受けてから1か月半後の出来事であった。そして初めての撮影から2か月半後、私のデビュー作がこの世に発売された。マネージャーからは「他の単体女優やセール作品を抑えて1位なのはすごい」とメッセージが届いていたが、その人気は渡辺まお自体が持つ魅力だけで勝ち取ったというよりは、発売日の数日前から私の個人情報が全てネットに流出する、いわゆる「身バレ」によって話題となっていたからだ。